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| 子どもがほしいと願いながらもなかなかできないという不妊症の人が200万人ともいわれる日本。そのくせ、体外受精や顕微授精は保険適用にならないため、高額な費用がかかり、しかもその妊娠率は20〜30%前後だと言われています。 | ||||
| 数回に及ぶ体外受精ののち、待望の赤ちゃんに恵まれたという、フランス在住のデュポン・えりさん (仮名)に不妊治療の体験について語っていただきました。いまや、娘さんも健康に5歳までに成長しています。 | ||||
| ──フランスで不妊治療をされて待望の赤ちゃんに恵まれたそうですが、何年ぐらい治療されていたのですか? | ||||
| 34〜37歳に人口受精4回、体外受精最初は3回。そして、39〜42歳までに体外受精を8回やりました。3ヶ月1クールという感じで治療しました。 | ||||
| ──人口授精や体外受精はフランスではよく行われている方法ですか? | ||||
| はい。大変ポピュラーですね。 | ||||
| ──不妊治療の必要性をどうやって知ったんですか? | ||||
| 結婚前1年ぐらい前の定期健診から避妊無しで夫婦生活するようにといわれたのですが、結婚しても出来なかったので、気楽に出来ないと相談にいったら、検査することになったんです。 私の場合は、子宮内膜症が理由だと診断されました。子宮内膜が通常10mmであるのに対し、私は17mmもあるので着床しにくいと言われ、さらに子宮口が直角に左に曲がっているとも診断されました。 どちらも妊娠前に手術をしました。 |
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| ──最終的に不妊治療が成功した病院はどちらですか? | ||||
| 病院はクリニックド・ラ・ミュエット。卵子の凍結などを行うラボは、使用したラボは、ラボラトワー・デロでした。両方ともヨーロッパでは大変有名なところです。実績のあるところはやはり信頼できます。 一番最初に婦人科の先生に紹介された病院は、国立の病院で一番最初にフランスで体外受精をしたところだったらしいのですが、とにかくドクターの対応があまりにも悪かったんです。 「子宮口が閉じている」と言われ、受精卵を卵管から入れる古い昔のやり方でした。そのくせ、1度目の体外受精で失敗したらすぐに養子を進めてきたので激怒して変更しました。 クリニックド・ラ・ミュエットに移って1回目で妊娠できました。子宮外妊娠でダメになってしまいましたが、妊娠できるということを知ってうれしかったです。病院によってこんなにも差があるのかとびっくりしました。合わないと思ったら変えてみるべきです。 日本では加藤レディースクリニックや木場公園クリニックがよいと聞いたことがあります。 |
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| ──不妊治療以外にご自身で努力されていたことはありますか?(例:漢方を飲む、基礎代謝をあげる) | ||||
| なにもしていませんでした | ||||
| ──不妊治療はかなり過酷だと聞きますが、つらかったことはなんですか? | ||||
| 仕事をしながらいつも、日にちを計算しなければならないこと。決められた時間に1日2〜3本を1ヶ月注射を打たなければいけませんでした。旅行中の飛行機の中や、真夜中に起きて打ったりしたこともあります。排卵させないようにしながら、大量の排卵誘発剤を打ったり。体への負担はたいへんなものでしたね。 あとはとにかく、いつもどこかが痛くて(主にお腹ですが)辛かったです。 |
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| ──フランス人のご主人は不妊治療に協力的でしたか? | ||||
| 大変協力的でした!
ですが、フランスでは不妊が疑われた場合、まず男性が検査をします。それで男性側に問題がなければ、女性が血液検査でホルモンについて調べるという方法を取ります。 一番最初、病院に検査に行くことについて、主人は「僕は大丈夫だから」と根拠のないことを言ったり、「はずかしい」と言って、抵抗していましたね。これはどの男性も万国共通の反応のようですね・・・ |
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| ──不妊治療を止めとたん妊娠したというケースはよくありますが、不妊治療をしている間の精神状態はいかがでしたか? | ||||
| そういうのも聞きましたが、私の場合、1度妊娠できたと思ったら、子宮外妊娠による卵管破裂を経験していますし、自然妊娠はほぼ不可能であるとわかっていましたので。 あまり気にしないように努力はしていましたが、不妊の原因が自分であるということで自分を責めたりしていました。主人は子どもをほしがっていたので、私と離婚して他の人と子どもを作れば幸せなのではないかと喧嘩になったこともあります。 基本的に四六時中治療のことを考えていて、精神的にかなり追い詰められていたと思います。 |
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| ──諦めずにチャレンジしつづけられたのはやはり子どもがほしかったから? | ||||
| それが大前提ですね。医師から姉妹から卵子を提供してもらってはどうかという提案も受けましたが、それには抵抗がありました。 スペインやベルギーでは他人からの卵子提供が認められていますが、フランスでは認められていません。 |
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| ──ゴールは設定されていましたか?何歳になったら諦めるとか・・・? | ||||
| 保険が利かなくなる43歳が区切でしょうか・・・でもまだもっとやればよかったかもしれないと思っています。 どうせ保険が利かないならどの国でやっても同じなので、日本でやってみたらどうなんだろう?と思ってみたり・・・ 50歳になれば完全にあきらめ切れるのかな・・・ |
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